第4回リノベーションスクール@都城を振り返って

修了式後の全員集合写真

 第4回リノベーションスクール@都城が11月29日~12月1日の3日間にわたって開催されました。今回のリノベーションスクールでは、25名の受講生が受講されました。
受講生の構成は都城市内と市外がほぼ半々で業種的には建築関係、不動産関連、デザイン、金融関係、公務員、IT関連とバラエティに富んだ人が受講されました。
リノベーションスクールでは、ユニットと呼ばれるグルプで活動し、最終的には担当する案件の事業化についての不動産オーナーに対してのプレゼンテーションを実施するために、8 人の受講生とユニットマスター(講師)、ローカルユニットマスター(地元でのリノベーション実践者)の2人の指導を受けながら事業計画を立てていきます。
 今回はA・B・Cの3ユニットで中心市街地の3案件の事業計画を作成し、最終日に不動産オーナーに対してのプレゼンテーションを一般公開で実施しました。

開講式の様子

第4回リノベーションスクール@都城の実施内容を紹介をしてみたいと思います、スクールマスター(スクール全体の統括管理)は4回連続で大島芳彦氏です。ご存じの方もいらっしゃると思いますがプロフィールを紹介したいと思います。 

大島 芳彦 氏
  • 大島 芳彦 株式会社
  • ブルースタジオ 専務取締役
  • クリエーティブディレクター
  • 一般社団法人リノベーション協議会 理事・副会長

東京生まれ。2000年より株式会社ブルースタジオにて「Re’inonvationリノベーション」を旗印に、遊休資産の再生・価値最大をテーマとした建築企画・設計、コンサルティング事業を開始。近年は団地再生、中心市街地再生など都市スケールの再生プロジェクトなどにも取りくむ。
2016年「ホシタニ団地」グッドデザイン賞金賞(経産大臣賞)受賞 

 Aユニットから紹介しましょう。案件は中央通りに面した中町のビルです、担当のユニットマスターは大木貴之氏、ローカルユニットマスターは園田達也氏です。

  • ユニットマスター
  • 大木 貴之
  • LOCALSTADARD株式会社 代表取締役
  • 一般社団法人 ワインツーリズム 代表理事

1971年、山梨生まれ。マーケティング・コンサルト会社を経て、地元山梨へ。”地元こそ人材が必要、それには場が大切、まずは人が集まる場を作ろう”と、飲食店プランナーをしていた妻と共に2000年にシャッター商店街だった山梨県甲府市の中心市街地に「Four Hearts Café」を創業。この”場”に集まるクリエーターや行政職員と民間による「ワインツーリズムやまなし」(2013年グッドデザイン賞・地域づくりデザイン賞 受賞)を立ち上げ、山梨にワインを飲む文化、産地を散策する習慣を定着させようと活動中。

  • ローカルユニットマスター
  • 園田 達也
  • 渡川簡易郵便局局長
  • こんにちや番頭

1981年宮崎県生まれ。国立都城工業高等専門学校建築学科卒。アルミ建材メーカー、建築設計事務所を経て地元美郷町上渡川へUターンし簡易郵便局局長となる。2016年、地元唯一の酒屋を閉店を機に、酒・食料品・日用品・地元物産を扱うローカルストア「こんにちや」をオープン。また少子高齢過疎の進む地元渡川(どがわ)を盛り上げるべく「どがわ未来会議」代表として活動中。2017年3月リノベーションスクール@北九州「エリアリノベーションコース」修了。第3回リノヴェーションスクール@都城でサブユニットマスターを担当。

 Bユニットの案件は、東上町通りにある建物です、担当のユニットマスターは本間 公氏、ローカルユニットマスターは高良秀英氏です。

  • ユニットマスター
  • 本間 公
  • 合同会社 工作舎 代表
  • 鳥取家守舎LLC 共同代表

1975年、鳥取生まれ。岐阜県高山市で家具作りを学んだ後、東南アジアを放浪。1997年合同会社 工作社を設立し、注文家具の製作を始める。その後、飲食店・美容室を中心に店舗のデザイン・内装工事を手掛ける。2016年、家守会社「鳥取家守舎LLC」を設立し、仲間と共にまちづくり事業を始める。現在、家具製造・店舗内装・出店相談・家守事業・大家業など複合的に活動中。

  • ローカルユニットマスター
  • 高良 秀英
  • 野菜屋宮丸商店 代表 

1963年、沖縄県出身生まれ。コンサルタント会社勤務の後、沖縄から都城のイベント出店を契機に都城の食に魅了され、都城市に移住、「食」をテーマとしたパーティーイベントを展開、その後「人」づくりをテーマとした個人向け企業向け勉強会セミナーを開催する。2016年これまで培ってきた人脈を活かし「野菜屋宮丸商店」を開店。2019年、第3回リノベーションスクール@都城においてサブユニットマスターを担当。現在、野菜屋店主・セミナー講師などで活動中。

 Cユニットの案件は、中町交差点近くのビルです、担当のユニットマスターは加藤加藤寛之氏、ローカルユニットマスターは戸高 仁氏です。

  • ユニットマスター
  • 加藤 寛之
  • 都市計画家
  • 株式会社 サルトコラボレイティブ 代表取締役

大学在学中からまちづくり系シンクタンクCOM計画研究所にて景観形成・中心市街地活性化に関する業務に携わる。卒業後、イタリアに6か月間の旅へ。大小20以上の都市を巡り、ローマに住む。2008年、株式会社 サルトコラボレイティブ設立。現在は丹波市、大阪市、石垣市等の地域再生業務に従事。地元大阪市阿倍野で地域の価値を高める仕組みとして、店舗や人材を守り育てるバイローカルプロジェクトや、ストックリノベーションによる遊休不動産活用等もライフワークとして取り組む。

  • ローカルユニットマスター
  • 戸高 仁
  • トルム建築計画事務所 代表
  • みやこんじょやもい舎 取締役

1981年、宮崎県生まれ。 都城泉ヶ丘高等学校 卒業後、鹿児島大学工学部建築学科、鹿児島大学大学院建築学専攻、卒業後 、COGITE(設計事務所)に勤務、2013年トルム建築計画事務所設立。第1回、第2回のリノベーションスクール@都城のサブユニットマスターを担当、第1回目のリノヴェーションスクールのユニットで担当した、梅月堂の家守事業をするために設立した、みやこんじょやもい舎に共感し地域の仲間たちと共に活動している。現在、新築、ストックリノベーションの設計、家守事業にに従事している。

今回のリノベーションスクールの各ユニットのプレゼンについては、今からできること、次のステップと、一度にすべてリノベーションを行うのではなく段階を設けて事業を進めていくと、無理のない事業計画を策定したところが特徴です。
スクールマスターを始め各ユニットマスターも非常に現実的なプレゼンテーションなので、ぜひ実案件化してほしいとの評価を受けました。リノベーションスクールはこれで無事終了しましたが、これからアフターフォローのためユニットマスター、ローカルユニットマスターも参加して事業化に向けたミーティングが行われます。
無事、第4回リノベーションスクール@都城が開催することができました、受講生の皆さん、スクールマスター、ユニットマスターの方々、ローカルユニットの方々、またスクール開催の準備段階、そして事前セミナー、スクールの開催と半年以上にわたってスタッフの方々本当にお疲れさまでした。
各案件を提供いただきました不動産オーナーの方々、エリアサーベーの際のヒアリングに協力いただきました市民の皆様、厚く御礼申し上げます。
これまで4回行われたリノベーションスクールのうち1回~3回までの各ユニットのプレゼンテーションにつきましては、YouTubeでご覧いただけます。4回目につきましては、著作権の関係でホームページでのアップはできませんが、タウンマネージャーまでご連絡いただければ、お見せすることは可能です。

トレジャーハンティング(その2)

 ぶらぶらと合同庁舎の北側の通りを歩きながら、マンホールの観察をしてみました、そして最後の物件として、市指定の有形文化財である旧島津家米蔵屋敷門を見ました、現在の西のお寺の通用門になっています、このお寺は旧島津家の米蔵の跡に建てられています。説明の看板を見ると、元禄12年(1699)、都城領主島津久龍が始めた給地米制度によって整備された「新蔵」(米蔵)跡にある長屋門です。中2 階建の木造土蔵造りで、正面入口両脇に侍詰所を配するほか、中 2 階に設けられた侍溜(さむらいだまり)、正面・脇面の人見窓など、江戸期の状況をよく残しています。近年の調査で移築された痕跡が発見されました。

これで、まち歩きは終わり未来創造センターに向けて雨の中を戻りました。本来であれば、参加者に写真を撮ってもらい、それを発表してもらいワイワイガヤガヤと評価してもらうつもりでしたが、雨で写真撮影が難しかったので、僕がこれまで歩いたまち歩きの写真を見てもらいながらお弁当を食べていただきました。その後アンケートを書いてもらい解散となりました。雨で本来の形で開催できず残念でしたが、アンケート結果もこの様なまち歩き気に入っていただけようです、来春に少し暖かくなって第 2 回目を開催したいと思います。10 人程度しか募集できませんので奮ってご応募してください。最後に、参加者の皆さんと、スタッフに皆さんにお礼申し上げます。

最後のレクチャー

トレジャーハンティング(その1)

 11 月 24 日(日曜日)「タウンマネージャーと歩くトレジャーハンティング」を実施しました。数日から天気予報を見ると、当日の降雨率が 90 %となっていて、開催前から少し心配していましていましたが、案の定、当日目を覚ますと外は雨模様です。少し憂鬱な気持ちを引きずりながら傘をさして、会場の未来創造ステーションに向かいました。スタッフとの打ち合わせで当初は、まち歩きは 2 時間程度行い、同行者がまちなかで発見したまちのお宝を写真撮影して、その中からこれはと思うものを一人当たり 2 ~ 3 枚選んで発表してもらい、それらを参加者で批評するというような内容で予定していましたが、雨を考慮してまち歩きの時間を1 時間程度に短縮して、タウンマネージャーのこれまでのまち歩きの成果を少しお話することになりました。

  まず、参加者には幕末期の都城の中心街の地図と、現在の地図をお渡しして昔の都城のまちと、現在のまちを見比べてみました、基本的なまちの形は変わっていませんが、現在の東上町通り幕末にはなかったようです。それから幕末期の各通りの名前を確認してまちに出ました。

出発前のレクチャー

 最初は円頭庵通りの石碑を見て、C:PLAZAあたりに円頭庵というお寺があって、その名残りで通りの名前が付いたようです。中町交差点のところに今は暗渠になっていますが川がありここには円頭庵橋があったようです。ここから、東に向かって江戸時代には、今、野辺病院があるあたりに油燈所(菜種油を絞って燈油を作る工場)があったところから油屋小路と呼ばれていました。肉のフクシマ先の路地を入ると戦前のものと思われる和洋折衷の不思議な家があります。この付近にはかなり戦前の建物が残っていますので、都城大空襲の被害がほとんどなかったのかもしれません。この路地を抜けると、志和池殿小路(しわちどんすつ)に突き当たります。「この通りは、本町(上町)の日本情報クリエートのビルあたりから志和池島津家屋敷(宮田眼科あたり)に突き当たり北に折れて、油屋小路及び大昌庵馬場を横断して、唐人町(中町)の楣門(たれもん)の下に出る。」と史跡の木柱に説明文がありました、ここを南に向かって歩くと不思議な建物に出会います。

 青いこの建物は、旧武田産婦人科です、ご注目頂きたいのは軒下のでこぼこの装飾です。これは、ルネッサンス調の赤レンガ建築によくみられるデンティル(歯飾り)と言われる装飾を模したものだと思われます。参考までに赤レンガ建築のデンティルと並べてみました。ちょっとは歯抜けになったところがかわいいですね。  この地区には旧山内医院も昭和 12 年の建築です。玄関周りの装飾や寄棟の屋根などからかなり石造りを意識した建物になっています。この地区は今でも病院の多い地区ですが、院長先生たちが、都会の医学部で学び卒業後修業を積み地元で開業する際には、都会風の建物にしたいと凝った建物にしたのかもしれません。建築物としては、今回最後の物件として宮崎太陽銀行の前身である旧日向無尽(大正 15 年建築)の建物を見ました、外観は塗装されていますが、端っこの方にはクラシカルなタイルが所々に見ることができます。

ライオンズクラブの合同例会に参加して

11 月 12 日にメインホテルにおいて、都城霧島ライオンズクラブ・都城シティーライオンズクラブの合同例会において講話として、都城市中心市街地のこれからについてお話させていただきました。実際に数字を挙げて説明したところとてもよく分かったと都城霧島ライオンズクラブの河野会長からお褒めの言葉をいただきました。

懇親会にも参加させていただき、いろいろな業種のトップの方と歓談させていただく貴重な時間をいただきました。多くの方々も都城の中心市街地の動向には関心を持っているようで、色々と参考になるお話ををお聞かせていただきました。このようなチャンスをいただいた都城霧島ライオンズクラブ・都城シティーライオンズクラブのメンバーの方々に深く感謝いたします。

事前セミナーvol.2に須部貴之さんをお迎えして

 11月4日(日)にリノベーションスクール@都城の事前セミナーvol.2を未来創造ステーションで開催した。メインスピーカーの須部さんは鹿児島市の騎射場という鹿児島大学の近くにある市電の電停周辺の沿道商店街で「のきさき市」を始められ大きな成功を収められました。

「のきさき市」は、年 1 回商店の軒先や空き店舗、公園等を活用して行うマーケットイベントです。このマーケットイベントを大学生が中心となるボランティアで実行委員会を作り運営しています。氏は学生時代テーマパークでのアルバイト経験から、スタッフの教育や、ボランティアがスタッフとして自主的に動ける環境づくりを行い、継続していくボランティア集団を作り、多くのボランティアが生き生きと活動しているようです。このように、ボランティアが継続していくボランティア組織が強制ではなく日常として活動できる組織は足腰の強い組織だと思います。

近年は、この活動が実を結び店舗の新規進出も増えて新たな賑わいを作り出しているようです。新たな出店者たちも独自に結びつき色々と面白い企画を実施しているようです。活動の継続には、自発的に動いていく組織を作ることが大切であることを痛感しました。

 最後は、大島さんと須部さんのトークセッションが行われ大いに盛り上がった事前セミナーになりました。大島さん・須部さん・来場された皆さんありがとうございました。この盛り上がりをあと半月後の迫りました、第4回リノベーションスクール@都城につなげたいと思います。

それぞれの 11 月 1 日

 千日通りのスコーンで有名な『Park』さんは、この日、開店 3 周年を迎えました、そこで僕は、さっそくお祝いのお花のアレンジメントを持参してお祝いに伺いました。僕がタウンマネージャーに選任された 2015 年の秋に、奥さんが事務書に来所され東京から、祖母が住んでいる都城に移住してきたが、住居と店舗を探しているとの相談がありました。当初、店舗付きの住宅を物色してみたが、適当な物件がなく、住宅と店舗別々に探していたところ中心市街地に適当な中古住宅があり、まずそれを購入しリノベーションすることになりまた。

 その後、千日通り周辺を中心に空き店舗を物色していたところ、2016 年の夏に、もつ鍋の『みたり』さんが居抜き(店舗内装・設備・什器・備品を営業していた時のままで引き渡し、店の営業を継続する不動産取引)で譲りたいととの情報が入りました。『みたり』さんに事情を聴いてみると、ご主人の実家の事情で急遽、閉店して鹿児島に戻ることになった、短期間で閉店することになりとても残念と寂しそうな表情で話してくれました。早速、『Park』さんに連絡したところ、さっそく見てみたいという話になり、お店を見せていただいたところ、とても気に入ってくれ、仲介業者に頼んで大家さんの承諾も得られ賃貸借契約を結びました。しかし、仲介業者さんが、居抜きの店舗内装・設備・什器・備品の譲渡につては関与しないということで、『Park』さんと『みたり』さん双方立会いの下、引き継ぐものと引き継がないもののリストを作り、僕のほうで譲渡契約書を作成して引き渡しを行いました。

 引き継がないものの中に素敵なカウンターチェアーが 6 脚ありました、引き渡しが終わった後、『みたり』さんがポツンと「これ結構高かったのにリサイクルショップに売ると 1 脚 1,000円程度しかならないんですよねぇ。」とつぶやきました、僕が「幾らだったら譲ってもらえる。」と聞くと、僕でも買える金額だったので握手で交渉成立、そしてなぜか、当時僕がいたC-PLAZAの事務所にはカウンターがあったので、そこにおいてお昼にデスクではなくそこでコンビニ弁当などを食べていました。

 『Park』さんの方は、当初、Café方式でランチを中心に、お弁当のテイクアウトやデリバリーを行っていましたが、試行錯誤の上、現在のようにスコーンの製造販売に業態変更をしました。最初は経営的には厳しい時期もあったそうですが、それを乗り越えて、この日、開店 3 周年を迎えることができました。本当によく頑張りましたね。おめでとうございます

3 周年おめでとうございます

 僕の事務所にやって来たカウンタチェアーは、C-PLAZAの改修を機に、僕に事務所に商工会議所のパソコン教室が移転してくることになり、事務所をC-PLAZAの別の空き店舗に移転することになりました。今度の事務所にはカウンターがありませんのでしたので、カウンタチェアーは倉庫にお蔵入りとなってしまいました。前の事務所は改修のため内部をすべて解体撤去することになりました。そこには、作り付け家具の収納付きサービスカウンターがありました。あまり使ってなかったようで、再利用が出来そうでしたので、これも取り外して倉庫に保管することにしました。

 C-PLAZAの改修に合わせて、テナントの入れ替えを行っていた時、『glück』さんが現在店舗のある区画は仮予約が入っていたのでC-PLAZAの 10 号線沿いの一番 Mallmall 寄りの区画で sweet Café を計画していました。ところが、仮予約の区画がキャンセルになったので、下記の写真のようにC-PLAZAの改修で、この区画のファサードを大幅に変更するので、『glück』さん考えているお店のイメージから考えてこちらの区画の方が良いのではと進めて、現在の区画に決めていただきました。

 区画も決まり、設計図面を見せてもらうと、カウンター 6 席とテーブルが 2 か所のとてもかわいらしいお店になっていました。僕が、事務所の倉庫にカウンタチェアーが 6 脚と作り付け家具の収納付きサービスカウンターがありけど、中古でも気にしないのなら譲るよと、声をかけると、工務店さんと『glück』のEちゃんが見に来てとても気に入ってくれたので譲ることにしました。工務店さんの話では、サービスカウンターの天板にい材料が使っているので、今オーダーしたら 30 万円近くするよと言っていました。タウンマネージャーとしても、新規出店者の出店コストが少しでも低減できれば良いことなので、僕にとってもうれしい話でした。 3 年前に千日通りの『みたり』さんにあったカウンターチェアーが、回りまわって再び日の目を見ることができました。『みたり』さんもきっと喜んでくれると思っています。

 11 月 1 日から『glück』さんが産休に入ります。しばらくお店が休みになるのでEちゃんと当日、少し話をしました。やはり、半年近くお店を休むことで、せっかくこれまで築いてきた基盤が、どうなるのかすごく不安があると言っていました。僕は彼女にこう言いました、今はそんなことを考えるより、第一に元気な赤ちゃんを産むことと、怠りなく出産の準備をすること。第二に今でも若い女性で起業を考えている人がたくさんいる、でも、結婚や出産という女性として大きなライフイベントがあるので、躊躇している人が多いのも事実だ、Eちゃんがそれをどう乗り越えていくか、そのような人たちは、注目していると思うので、ご家族の協力がもっと必要になるかもしれないが、ぜひ産休が明けたら元の通り店を続けてほしいと思う、と言ったらEちゃんんは微笑んでコックリと頷きました。彼女ならきっと乗り越えて切れるとの思いを強くしました。するとEちゃんはこんな話を始めたのです。

再開の日をお待ちしています‼

 「私この店の名前を『glück』として本当に良かったと思てるの、ところでマネージャー『glück』がどんな意味なのか知ってる?」

 「知らないなぁ。」

 「『glück』はドイツ語で『幸福』という意味があるんだけど、私、元々ドイツ菓子の店で働いていたから知ってたんだけど、もし、私がお店を持つことが出来たら『glück』することが夢だったの、そして念願のお店を持って店名を『glück』にしたら、何とか軌道に乗せることもできたし、素敵な男性に出会い結婚もできたし、今度は赤ちゃんも授かることとになって、私自身、ほんとに幸福。」

 「アチャ! ごちそうさまでした。でも、体には十分気を付けて頑張ってね」

 『Park』さん、『glück』さんのそれぞれの 11 月 1 日でした。お互い幸せいっぱいの 1 日でしたが、カウンターチェアーで繋がっていたとは誰も知らないと思います。さて、タウンマネージャーの 11 月 1 日は、NHKのイブニングネットワーク宮崎の取材で 1 日付き合させられました。ほんとに疲れました。『Park』さん、『glück』さんにも付き合っていただきお礼申し上げます。